|
[10]
Name:ララミ
e-mail:夏まで非公開 |
||
| ♪1994年・・・・北欧の白夜の日 ヘレンシキ 生まれ ♪趣味・・・・あやみの日常を写メールすること。 ♪特技・・・携帯の写メール、マスコット的存在であると思ってる ♪お酒には弱い ♪1日中、ほとんど寝ています(夜中に起き出す) ♪かつおぶしが大好物 |
|
[9]
Name:岩手 光雄
e-mail:m_iwate@hotmail.com |
||
| 1960.5.28. 東京生まれのA型男性(オジサン?) 小学校6年生から高校卒業までは(ショボイ)ブラバンで、そして 大学4年間は中央大学スウィング・クリスタル・オーケストラ(JAZZのBIG BAND)でトロンボーンをやりました。 大学卒業後に就職先の配属で札幌へ来ましたが、以来21年間 道内の転勤先の主に社会人BIG BANDにてトロンボーンを続けています。 北海道で過去に参加したBANDは、 EASY GOING JAZZ ORCHESTRA(札幌のBIG BAND) NEWPORT JAZZ ORCHESTRA(釧路のBIG BAND) 北見JAZZ ORCHESTRA(北見のBIG BAND) EAST POINT JAZZ ORCHESTRA(根室のBIG BAND---エキストラにて) 網走JAZZ ORCHESTRA(網走のBIG BAND---エキストラにて) JAZZTET(北見で結成した3管フロントのコンボ) そして今参加しているBANDは、 SOLID SOUNDS JAZZ ORCHESTRA(札幌のBIG BAND) GAMA BAND(札幌のリハーサルBIG BAND) THREE HORNS BEE(札幌の3管フロントのコンボ) IWATE BAND(札幌の2管もしくは1巻フロントのコンボ) KAE BAND(SOLIDのメンバーを中心にした2管フロントのコンボ 好きなBANDは、 COUNT BASIE ORCHESTRA WODDY HERMAN BIG BAND LOUIS BELLSON BIG BAND BOHUSLAN BIG BAND etc. 好きなミュージシャンは、 BENNY GREEN J.J.JOHNSON SONNY CLARK LARS JANSSON etc. |
|
[8]
Name:こすぎひろふみ
e-mail:tb-kosu@topaz.plala.or.jp URL:http://www10.plala.or.jp/tb-kosu/index.html |
||
| 小杉 啓文(hirofumi kosugi) trombone(1982.6〜)(King-3B silversonic 100th anniversary model/bach-7c) 1969.10.13 北海道釧路市生まれ。B型。 中学時代に釧路市立緑陵中学校(現・青陵中学校)吹奏楽部でトロンボーンと出会う。 高校時代は北海道立釧路湖陵高校器楽部(吹奏楽部)で活動。ここでマーチングやバンド運営の基礎を学ぶ。 北海学園大学入学後、北海学園大学 FREE FORMLESS JAZZ ORCHESTRA"に入部。そこでジャズと出会う。4年間をビッグバンドで活動しながら、音楽活動だけでなくバンドやイベントを企画する喜びを感じる。札幌市内だけではなく、北海道全域のジャズ研究会を招いての学祭イベントは大学時代に思い出に残る企画。 大学卒業後、札幌で就職。3年間は一切音楽から離れていたが、"JR北海道 A TRAIN"参加をきっかけにビッグバンドに復帰。 1997年、大学の後輩とともに"STRAIGHT AHEAD JAZZ ORCHESTRA"を結成。バンド代表を務める。結成時は飲んだ勢いで決めた"concord jazz orchestra"というバンド名だったが、もう一度飲みなおして今のバンド名に変更。 2002年にコンボの自主ライブをはじめる。今まで一番苦手だったコンボジャズをすこしずつ参加。 現在では北海道札幌市でアヘッド・ラテンバンド・コンボはじめとしてできる限りのライブ活動を精力的におこなっている。あわせてライブのブッキングをはじめとするさまざまな企画をプロデュース。北海道アマチュアビッグバンド連盟(HBL)の事務局をつとめる。年数回不定期だがラジオのDJをつとめるなど、とにかくジャズ・ラテンを中心とした生活を毎日すごしている独身男性。舞の海似。 おばん de ジャズ" on air:毎週土曜日24時〜24時30分 STVラジオ(1440khz) personal:永井公彦アナウンサー&kosu *10月からはじまる新番組「おばん de JAZZ」。STVラジオ30年ぶりのジャズ番組を小杉啓文と永井アナウンサーでやっちゃいます。 "Straight Ahead Jazz Orchestra"(1997.7〜) band-producer>jazz bigband "Sapporo Latin Olympia"(2002.9〜)>latin bigband "熱帯☆楽団"(2003.7〜)>latin bigband "Latin Labo"(2003.4〜)>salsa session unit "Petit Labo"(2004.5〜)>core latin band "秦・大塚・小杉"(2003.9〜2004.1)→"秦・本間・小杉"(2004.2〜2004.7)→"小杉啓文 Latin-Jazz Sextet"(2004.10〜)>jazz-salsa unit "ネコ・パンチ・パワーズ(NEPS)"(2004.8〜)>funk band 「小杉啓文 live information」より引用 |
|
[7]
Name:たけうち せい
e-mail:sei_tatchy@yahoo.co.jp URL:http://www.h4.dion.ne.jp/~kairaku/tatchy/ |
||
| 1972年東京生まれ 幼少期はモーツァルトを聞いて育つ。髪型はベートーベンに似ていた。 幼い頃から音楽への興味は旺盛で、祖母の家にあった足踏み式オルガンを毎日のように弾いていた。 そんな姿を見た母親がピアノを習うように勧めるが、何故か頑なに拒否。(我が人生最大の後悔) 小中学校時代、笛やピアニカは、人よりうまかったが、音楽の先生が嫌いで、音楽そのものまでも嫌いになってしまう。おかげで、音楽的基礎が全く身につかなかった。(先生、マジで恨んでます!) 高校時代、デーモン閣下のオールナイトニッポンを聞き、聖飢魔Uにハマる。 これをきっかけに、再び音楽への興味を取り戻し、バンドを始める。 最初にバンドを組んだ友達が、既にギターを弾ける人とドラムを叩ける人だったので、必然的にベース担当にさせられた。以後、現在に至るまで、ベーシストとなってしまう。(今は、もちろん好きで弾いてます。) 大学入学と同時に、軽音楽部へ入部。周囲に影響されやすい性格のため、音楽マニアばかりが集まるサークルにいると、すっかり音楽漬けの人生になってしまった。この頃より、一般的な人生から足を踏み外す。 2年生の頃、軽音の先輩が聖飢魔Uの悪魔の皆様と友達ということで、楽屋へ連れて行ってもらう。このとき、ベースのゼノン石川和尚とお話することができ、そのときに言われた「ラリーグラハムとか、聞くといいよ。」という一言をきっかけに、それまで聖飢魔Uオンリーだった人生から、ブラックミュージックへと興味が広がることに。 以後、Funk,Soul,R&B,Blues,Jazzなどのブラックミュージック大好きな人間になってしまう。 それから数年間「オレはとにかく、エレベでFunkyな音楽!」という日々を送っていたが、三十路が目の前に迫った精神的に不安定なある日、「今すぐウッドベースを買うように」という神(あるいは悪魔)からのお告げがあり、ボーナス全額をはたいて、ウッドベースを購入。その数ヵ月後、仕事を辞める。(今ならきっと買えないので、お告げに従ってよかった) ウッドベースを始めて、しばらくたった頃、今まで聞くだけだったJazzを演奏したくなり、勉強を始め、セッションにも顔を出すように。 そして、みなさんと出会い、現在に至る。 演奏するたびに、撃沈の毎日。 |
|
[6]
Name:DJ&MC 永井
|
||
| 1966・9・25 夕張市で採掘される。 幼少時の好物は石炭と雪、よく食べていたらしい。 小学校2年くらいの時、気が付いたら家にギターがあり、 6年生くらいから弾き始め、今に至るもまったく上手くなる気配はない。 中2くらいでバンドを始め、「声が高い」との理由だけでヴォーカル になり、現在に至るも声は高いまま。 ジャズとの出会いはそのままギタリスト中澤 一起氏との出会いでもあり 氏のライブをAMPに聴きに行ったのがそもそものきっかけとなった。 以来、いろんな出会いがあって『コパシーモ』が始まり、いろんな別れが あって現在に至る。 ちなみに私を「DJ永井」と呼ぶのは某あ○み嬢だけである。 |
|
[5]
Name:田中 薫
e-mail:mini-rider@d.vodafone.ne.jp URL:http://kaorujazz.hp.infoseek.co.jp/index.html |
||
| 1980.04.09 札幌生まれ。 13歳の夏、‘チャゲ&飛鳥’の‘SAY YES’を 聴いて音楽に始めて興味を持つようになり、 ギターを弾いて歌うようになる。 中学〜高校と友人とバンドを組み、ロックバンドのヴォーカルで いろいろ・・やる。 その頃、60〜70年代洋楽ロックの ‘Rolling Stones’`Led zeppelin' に夢中になり、当然のように‘Blues’の世界にのめり込む。 同世代の仲間に理解されず、苦しむ(笑) 20歳になったころ、 札幌等で活躍中のプロ・ジャズギタリスト 岡本広先生 のプレイに 衝撃を受け、突然プロギタリストを目指すようになる。 その後、Jazz Bar‘AT MY PLACE’で‘渡部孝之グループ’ の一員として演奏させてもらい、多くの事を学ぶ。 2004年夏、同グループ解散後、かねてから興味を持っていた クラシックの勉強を本格的に開始。 現在、定期的なLIVEは行っていないが、いろいろと・・企み中。(笑) 世界三大ギタリストは ‘岡本広’‘川手博史’‘平野勇’だと本気で思う24歳. |
|
[4]
Name:中川 文美
|
||
| 1978.8.1 A型 趣味:読書(ミステリー、江國香織さんの本、今後は外国のお話にもトライ) 旅行、お花に関する事(育成以外で)、色。 特技:朝の部屋掃除、夜更かし、何でも楽しむこと。 好きな食べ物:あんみつ(まぁまぁ)、お好み焼き、パスタ。 苦手な食べ物:とりにく(調理の仕方で食べれる物もありま〜す。) 好きなお花:オレンジキャンディ 好きなお店:アオヤマ・フラワー・マーケット(すすきの店) 玉光堂すすきの店 ピアノを始めたのは、4歳の時。 小学2年生の時、発表会で、ショパンを聴き、憧れる。 ピアノの先生から、新しい曲を貰うのが、いつもとっても楽しみでした。 小学生高学年の時から、好奇心旺盛でしたが、スポーツは苦手でしたので 文化系クラブに。 小4・・手芸クラブ(作った物は、ポケットテッシュケースとガタガタのマフラー) 小5・・遊びの研究クラブ(何をしたか記憶なし) 小6・・まんがクラブ(部長・今でも仲良しの友達と4コマまんが多数作成) 同時に器楽隊で、ピアノ・アコーディオン(音が出ず・・)担当。 中学からは女子校生活。 ピアノも好きでしたが、バレーボールのマネージャーで、感動の日々! でも、みんなのユニホームを廊下に置きっぱなしにして帰ったりと、ちょっと役立たずでした。 その後、短大までピアノを続けますが、他の何かを求めてピアノを やめる。 1年後、帯広での、父の”枯葉”(今思うと)を聴きジャズに出会う。 それからは、ジャズに興味を持ち、同時に今までは、一つの角度でしか音楽をみていませんでしたが、違う角度からも見れるようになり、”音楽ってもっと深くて、もっと楽しいかも・・”と思い始めます。 現在は、音楽を通じて皆さんとの素晴らしい出会いもあり、おかげで毎日楽しく過ごしています。 私が、一生を通じて音楽に求めていくものは、美しさと感動。 (・・・なこと、言ったらみんなに”あまい”と言われちゃいますね。) |
|
[1]
Name:益子淳平
e-mail:vathtuv@v001.vaio.ne.jp URL:http://watanabe-g.hp.infoseek.co.jp |
||
| 1978.04.04 札幌出身。 小学生のとき吹奏楽に入り、ドラムと出会う。 熱血教師と天才的にドラムの上手い先輩(マトちゃん)の影響で、小学校時代のすべてをドラムに費やす。 中学生になっても野望は尽きなかったが、やる気の無い部活顧問に嫌気が差して退部。 おかげで成績が伸びた。 高校でジャズ研に入るが、徹夜で並んで買ったパソコンに心を奪われ、ヲタッキー街道を突っ走るハメに。 大学に入り、友達の大学のジャズ研に遊びに行ってみたら、マトちゃんと衝撃の再会。 かつてのように燃え上がるぜ!と思っていたら、別の先輩に「JAZZは、酒・煙草・オンナだ」と言われ、挫折。 社会人になっても密かに楽器を続けていたら、誤ってドロップアウト。 自分がそう思った瞬間からがミュージシャンだ!との勝手な理論により、現在はミュージシャン。 もう誰も止めることは出来ないッ! 最近の合言葉は「やってみる!」。 |